【保存版】茨城県出身の偉人/歴史上の人物を一覧で総まとめ!

茨城県出身 偉人一覧

茨城県には、日本の歴史や文化、スポーツの発展に大きく貢献した数多くの偉人がいます。

しかし、「出身」と「ゆかり」が混同されやすく、実際に県内で生まれ育った人物を知るのは意外と難しいものです。この記事では、出生地が茨城県内にある人物に限定し、江戸から現代にかけて幅広い分野から厳選しました。

このページでわかること

  • 茨城県出身(出生地が県内)の偉人10名を分野・時代別に把握できる
  • 各人物の出身地(現行市町村名)・功績・関連スポットを一目で確認できる
  • 歴史・芸術・スポーツを横断した「郷土人物学習」の資料として使える
目次

茨城県出身の偉人/歴史上の人物一覧

茨城県出身の偉人、歴史上の人物を一覧でまとめました。偉人の定義は様々ですが、私が思う特筆すべき人物を選定しました。

長久保赤水(筑西市)|江戸中期の地理学者『日本輿地路程全図』で近世地図学を刷新

筑西市(旧下館藩)出身の長久保赤水は、江戸中期を代表する地理学者で、実測と文献を組み合わせた『日本輿地路程全図』により日本地図の表現方法を近代化しました。

距離や方位が正確に記されたこの地図は、後の伊能忠敬にも影響を与えたとされます。(赤水記念館)

間宮林蔵(つくばみらい市)|江戸後期の探検家・樺太測量と間宮海峡の確認で知られる

つくばみらい市(旧谷田部藩)生まれの間宮林蔵は、幕命により蝦夷地(北海道)から樺太を調査し、間宮海峡を発見したことで知られています。

正確な測量と詳細な報告書は、地理学・地政学の発展に大きく寄与しました。(間宮林蔵記念館)

会沢正志斎(水戸市)|水戸学の思想家『新論』で尊王思想を体系化

水戸藩士であった会沢正志斎は、幕末の尊王攘夷思想の土台を築いた人物です。

彼の著書『新論』は、水戸学の精神をまとめたもので、後の明治維新に思想的影響を与えました。弘道館とも深く関わり、思想と教育の両面で功績を残しました。

藤田東湖(水戸市)|儒学者・国学者『弘道館記述義』などで水戸学を推進

水戸藩の重臣であり、尊王攘夷の思想を実践的に展開した藤田東湖は、儒学・国学に通じた学者でした。

『弘道館記述義』は、弘道館の教育理念を示したもので、武士道と学問の融合を目指した水戸学の象徴的な存在です。(藤田東湖記念碑)

横山大観(水戸市)|近代日本画の巨匠・日本美術院の中核として新様式を確立

日本画の革新を目指した横山大観は、水戸市出身で、岡倉天心とともに日本美術院の創設に関わり、朦朧体と呼ばれる新たな画風を確立しました。

代表作『生々流転』など、近代日本画の発展に多大な貢献をしています。(水戸芸術館・大観記念碑)

板谷波山(稲敷市)|近代陶芸の巨匠・重要無形文化財保持者「葆光釉」の創出

稲敷市(旧江戸崎町)に生まれた板谷波山は、美術工芸の分野で近代陶芸の礎を築いた作家です。

独自の釉薬技法「葆光釉(ほこうゆう)」を生み出し、繊細で上品な磁器作品を多数残しました。(波山記念館)

小川芋銭(牛久市)|日本画家・文人画家『河童百図』など郷土色豊かな画業

牛久市生まれの小川芋銭は、近代日本画における文人画の第一人者であり、河童を題材にした独創的な作品で知られています。

自然と風土への愛情がにじむ画風は、多くの人々に親しまれています。(芋銭旧居・うしく現代美術館)

常陸山谷右衛門(ひたちなか市)|大相撲第19代横綱・近代相撲の黄金期を牽引

ひたちなか市(旧那珂湊)出身の常陸山は、明治時代に活躍した第19代横綱で、取り口の美しさと力量で「角聖」とも呼ばれました。

相撲の大衆人気を高め、後進育成にも尽力しました。(常陸山記念碑)

妹島和世(茨城町)|世界的建築家・プリツカー賞(SANAA)受賞の現代建築を牽引

妹島和世

茨城町生まれの妹島和世は、建築ユニットSANAAの共同代表として国内外で高く評価される建築家です。

透明感と軽やかさを特徴とする建築は、新国立競技場の設計などで注目を集め、プリツカー賞を受賞するなど国際的に活躍しています。

茨城県出身の偉人/歴史上の人物まとめ

時代氏名功績
江戸中期長久保赤水『日本輿地路程全図』で実測地図の先駆けとなる地図を作成
江戸後期間宮林蔵樺太の測量と間宮海峡の発見により地理学に貢献
幕末会沢正志斎『新論』により尊王思想を体系化し水戸学を確立
幕末藤田東湖『弘道館記述義』で水戸学の思想と教育理念を深化
近代(明治〜昭和)横山大観日本画の新様式を確立し、日本美術院を主導
近代(明治〜昭和)板谷波山「葆光釉」を創出し、近代陶芸を芸術に高めた
近代(明治〜昭和)小川芋銭河童を題材にした文人画で郷土的画風を確立
近代(明治)常陸山谷右衛門第19代横綱として近代相撲の隆盛を導いた
現代(平成〜令和)稀勢の里 寛平成生まれ初の横綱として国民的支持を集めた
現代(平成〜令和)妹島和世SANAAでプリツカー賞を受賞、世界的建築家として活躍
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この記事を書いた人

株式会社与吉のアバター 株式会社与吉 代表取締役

株式会社与吉の代表取締役CEO。歴史が大好き。自分自身の蓄えた知識を保存する場所として本メディアを開設。マーケティング支援を日々行っているが、判断基準としてすべて"尊敬する歴史上の人物ならどうするか"を考えてしまう癖がある。

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